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物語作文「花の名前」(作文道場)

「花の名前」伝出家りん(小6)

 僕の住んでいる町の外れには花畑がある。
 あたり一面を同じ花がうめつくしているのだが、この町に住んでいる者は誰も、その花の名前を知らなかった。
 いや、知ろうともしなかった。そして僕も、花の名前を知らずに育った。
 だが、僕は町のみんなとはちがう。花の名前をつきとめようと決意したのだ。
「エール、気を付けるのよ」
 家を出るとき、お母さんはそう言った。たかが花畑に行くだけなのに。母さんは心配性だ。町外れの森の中の一本道をひたすら歩く。
 すぐに、あの花畑へ出た。
 花に囲まれ、一人の少女が座っていた。
「あのう......」
 声をかけると、少女がぱっとふり向いた。なかなかの美少女だが、町では見かけない顔だ。
「君は誰? ......僕はエール。町から来たんだ」
 気になって、少女にそう聞く。
「私......? 私の名前......?」
「うん。君の名前は?」
 もう一度聞く。
「好きなように呼んで」
 少女はまた向こうをむいてしまった。
 何か、名前を教えたくない理由でもあるのだろうか。呼び名がないのは不便なので、フラワーと呼ぶことにした。
「フラワー、でいい?」
「別に......」
 フラワーは、花の名前を知っているのだろうか。聞いてみたいのだが、どう聞けばいいか分からない。話すこともない。
 とりあえず、フラワーを観察することにした。長い栗色の髪の毛。白いワンピースを着ている。僕に背中を向けているため、顔は見えないが、さっきちらっと見た限りでは美少女だったと思う。
 もう一度こちらを向いてほしくて、僕は声をかけた。
「ねえ......」
「何?」
 フラワーがこちらをふり向いた。髪の毛がゆれる。はっきりと顔が見えた。
 大きな目に、長いまつげ。美人というよりは、かわいいというイメージだ。
「ねえ、何?」
 フラワーがもう一度聞いた。顔を見たかっただけ、と答えるわけにもいかない。
「フラワーは何才なの?」
 とりあえず、そう聞いてみる。
「......」
 フラワーは黙ってしまった。やっぱり失礼だったか。
「いや、ごめん、やっぱりいいよ」
「そう」
 静けさにたえ切れなくなって、もう一度質問をする。
「どこに住んでるの?」
「......森」
 そういえば、森の中に一軒、家があったような気がする。
「家族は?」
「いない......」
 僕はびっくりした。そうすると、フラワーはこの森の中でずっと一人で暮らしているのだろうか。
「さみしくはないの......?」
 僕がそう聞くと、フラワーは黙ってしまった。僕は話題を変えようと、ついにあの花について聞いてみることにした。
「そういえばさあ、この花畑の花、全部同じ種類だね。この花ってどんな花なんだ? フラワーは知ってる?」
 フラワーがびくっと肩を震わせた。聞いてはいけなかっただろうか。
「どうして花の名前が知りたいの?」
「......どうしてって。......」
 そうだ。僕はなぜ花の名前が知りたいのだろう。理由が見つからない。
「ただ、なんとなく......、としか言えないんだけど......」
 フラワーが迷いを見せた。ただ、それは一瞬で、すぐに無表情に戻ってしまった。
「私は......、知らなくてもいいと思うわ」
 フラワーのあまりに冷たい表情に、返す言葉がなくなってしまった。
「うん、......ごめん」
 僕はゆっくりと町の方向へ足を向けた。
 でもやっぱり、もう一言いいたくて、フラワーの方をふり向く。
「あの、......さみしかったら町に来なよ」
 フラワーがこっちをふり返って、ニッコリと笑った。
 花が咲いたような、満面の笑みだった。


 気が付くと、僕は町の広場のベンチに座っていた。
 花畑でのことは夢だったのだろうか。
 不思議と、花の名前を知りたいという気持ちはうすれていた。結局、花の名前は分からなかったが、それでもいいような気がしていた。


 エールがいなくなった花畑では、エールがフラワーと名付けた少女が一人で立っていた。
「命の花......」
 少女がぽつりとつぶやいた。
 この花が開くときに人は生まれ、この花が枯れたとき、人は死ぬ。
 少女は、それをずっと見守ってきたのだった。長い、長い間、ずっと一人で......。万が一にも、この花をつみとるものが出ないように。
 本当は、ずっとさみしかった。だから、エールが、
「町に来ていい」
 と言ってくれた時、とてもうれしかったのだ。
 もう、いいだろうか。
 こんなにも長い間、一人でいるのにたえてきたのだから。神様もきっと、ゆるしてくれるだろう。
 と、そこまで考えて、少女は首を横にふった。この花畑を守ることが少女の義務......。いや、罰なのかもしれないと、少女は最近思うのだ。もしそうならば、ここで投げ出すわけにはいかない。自分が犯したかもしれない罪をつぐなうまで、自分はずっと一人でいなければならない。そう、少女は思う。
 そして、いつか罪をつぐなったら、町へ行ける。一人の時間は終わる。
 少女は、ほほえんで、花畑に座った。
 いつか一人の時間が終わるまで。それまでこの花を、見守っていよう。命を、見守っていよう。
 少女は、そう決めた。


 次の日、僕は、もう一度花畑に行ってみることにした。フラワーのことがやはり気になっていたのだ。
 ところが......あの花畑に、フラワーの姿はなかった。
 フラワーは、やっぱり存在しなかったのだろうか? 
 いや、フラワーは存在したと、僕は、そう信じている。
 少なくとも、僕の記憶の中には、フラワーはたしかに存在するのだ。