松永暢史が生み出した究極メソッド「松永音読法」

松永先生は現在、都内だけでなく、全国各地で音読会を開いていますが、より多くの子どもたちにこの音読法を知って欲しいということで、動画を配信することにしました。
この音読法をマスターすれば、古文をそのまま訳さずに理解できるようになります。そしてその結果、現代文も楽に読めるようになります。
しかも、国語力が飛躍的に向上することは間違いありません。

この国では日本語ができることが、勉強ができるということ。

日本では、全ての教育が日本語をもとにおこなわれています。
国語だけでなく、他教科の学習も全てそうです。
英語学習でさえ、英文法を理解するためには、日本語を理解しなければならないのです。
まして高度な学習が必要になる受験勉強を行う際に、日本語を正しく読めなければ、大きな障壁となることは間違いありません。
また、収入の良い仕事を得るために必要な資格試験も皆日本語で行なわれています。将来、大人になってちゃんと「食べていく」ためには、日本語を自在に操り、理解する力が不可欠なのです。
まずは、すべての学習の土台となる日本語を了解する力を培う必要があります。

どうして音読なのか?


国語力とは、結局のところ「書かれていることを正しく読み解く力」と言えます。
もし日本語を黙読している時に、間違って読み進めているのに気づかなかったらどうでしょうか。
内容を正確に理解することは難しいでしょう。
そこで、声に出して自分の間違いに気づく訓練がまずは必要となるのです。
つまり音読することで、できるだけ正しく文章を読み進めようとすることで、読解力を培うのです。
例えば、小学生のお子さんで、算数の問題になると途端にケアレスミスが増える、文章を読むのが遅くて話を理解できない・・・といったことはありませんか。こういった場合も音読を正しくおこなうことで、たいてい解決されます。
間違えに気付き、自ら訂正する力を養うために、幼い頃から音読法を習得することが不可欠なのです。


親子で学べる動画学習

この音読動画を利用すれば、いつでもどこでも音読トレーニングをおこなうことできます。
毎日やって損はありません。楽しみながら国語力を伸ばせる音読法をぜひ習得しませんか!

松永先生より皆さまへ。

日本語は、2000年以上も前から連綿と続く、その特殊性にもかかわらず生命力の強い言語である。すでに古代において漢字の吸収に成功した日本語は、『古今集』を起点とした平安王朝において大きな高まりに達し、「天才」が次々に現れて日本語を高め続けてしまった。『平家物語』や説話文学で大衆化し始めた日本語文化は、武士の時代に、「謡曲」という形で極めて高度な文学的完成を見せ、戦乱が終わって徳川太平時代に入ると、学問文芸が急速に盛んになり、藩校や寺子屋などで『徒然草』などが広く読まれた。同時に「歌仙」から発達したと思われる俳諧文学が大きな発展を見せ、西鶴芭蕉以降も自由自在の日本文が生み出され、それが歌舞伎や落語の高座などで一般に広まった。その後の近代的発展は、明らかに日本語が優れた状態にあったからであり、そのためにつけあがって欲に目が眩んだ人たちによる戦火を招いてしまったが、戦後の経済的復興や発展も全てその用いられる共通言語である日本語が高度であったからであろう。

日本語は世界に冠たる言語である。その深いニュワンスと高い感受性の伝達は他の言語の追随を許さないと思う。
その日本語をレベル高く維持することこそ、これからグローヴァル化して海外から人がたくさん入ってくる時代に向けての「国防」なのである。

クラッシックスは美しい。美しいから残っている。それを読んでそれが味わえる。
そしてそれはその国民の全ての者に可能なことである。

しかし、それは公教育では物足りない。そもそも生徒たちを受け身の体勢に追い込むように行なわれて来た教育システムにおいて、現場でも子どもたちにも古典は「邪魔者」扱いである。指導要領で文法と言葉の知識と訳文理解の学習を強いることにより、日本語古典そのものを直接読んで理解するという最も大切な日本語教育が行なわれて来なかったのである。

あらゆる支配は言語とそれによる法制で行なわれるのであり、被支配者側の言語のレベルが支配者側の言語レベルより高い場合、支配者側が極めて困難な状況に陥ることは想像に難くない。そこでするべきは被支配者側言語の平易化と全体レベルの低下政策であろう。それにはできるだけ多くの者に被支配者側の言語の源である古典を忘れさせることが肝要になる。

どうやらこの「政策」は成功しつつあるようである。

皆さんダマされてはいけない。
ホントに古文は誰でも音読して了解できるものなのである。
だって、古文は私たちの日本語の親なのだから。
そしてそれをすることこそ、あらゆる国語学習の土台なのである。