V-netブログ

登校拒否のテクニック

2012年4月19日

投稿者:vnetカテゴリー:

最近、V-netには既存の学校には通いたくないという幾人かの子供たちが、勉強を習いにきております。いわゆる登校拒否の問題ですが、そうした悩みを相談にこられる保護者の方々も、年々増えているようです。

彼らの多くは特に問題もない、むしろ優秀な生徒です。1対1の指導であるせいなのか、色々な話をしてくれますし、逆に教えられた内容を理解する能力も高い。どうしてこんな優秀な子供たちが、学校制度からは排除されなければならなかったのでしょうか。
登校拒否は、そのケースごとに様々な理由、状況がありますが、総じて言えば、いよいよ顕著なものとなってきたこの国の学校制度の空洞化が、問題増加の根底にあるとも言えるでしょう。学級崩壊などの問題も含め、そこでは生徒はもちろん、保護者、そして教師も被害者です。
もっとも、てなことは、もう20年以上前から言われていることなので、今後も現行の学校制度は、ますます空洞化を進行させながらも、ズルズルと延命していく可能性の方が高いのでしょうが・・・。

いま20年以上前、と書きましたが、実はちょうどその頃、かく言う私も立派な(?)登校拒否児でありました。
そこで昨今の相談件数を鑑み、やや古い話ながら、学校に行かなくなってしまった十代当時の私の経験を何回かのブログに分けて紹介したいと思います。
もちろん私は国語講師であり心の専門家ではありません。「テクニック」などとタイトルに冠してはおりますが、これは酒席で飛び出したジョーダンをもとにしたもの。個別的なアドバイスや本当に「技術」を語るようなものではありませんのであしからず。
ただ、昔の自分が経験したことや、当時の悩みなどを紹介することで、現実にいま悩んでいる子供たち、そして保護者の方々のちょっとした参考になればと考えた次第です。

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今からおよそ20年前。私は14歳の少年でありました。
陸上部に所属し、学校の成績はまあまあ。はた目にはどこにでもいる「普通」の少年でありました。
では、そんな「普通」の少年が、どうしてある時から学校に行けなくなってしまったのでしょう?
もちろん、そうは言っても、およそ20年前の記憶です。明確に当時の感情を覚えているわけではありません。
ただ、一つ言えることは、当時の私が非常に「疲れていた」ことです。
何に「疲れていた」のでしょうか? もちろん勉強もあります。私は塾には通っておりませんでしたが、母親は当時、比較的「教育ママ」でもありましたから、それなりにウルサク言われていたのでしょう。
ただ、実は勉強がしんどかったという印象はそれほど強いものではありません。

むしろ、私がいま思い出してもうんざりするのは、学校での「人間関係」でした。
中学生にどんな大変な人間関係があるんだ、と言われてしまうと、現在オッサンである私には返す言葉がありません。会社員の方などの職場その他での人間関係の大変さが、中学生の比でないことはオッサンの私には自明です。
ですが、そんな大人になってからの大変さなど、当の中学生にわかるはずもありません。逆に言えば、普通の大人であれば持っている職場以外での社会的な人間関係の広がりや、経験により培われた視野の広さなどが中学生にはないのです。
一般的な中学生にとって、学校での人間関係は生活の大部分を占めるものであり、その意味で学校とは社会そのものでもあります。そして、少なくとも他者とのコミュニケーションを苦手とした当時の私のような少年にとっては、そうした閉鎖的な社会の中で「うまくやっていく」のは、決して簡単なことではなかったのです。
現在のおしゃべりでお調子者の私を知っている方々からすれば、お前のどこが他人嫌いやねん、と突っ込まれそうですが、中学二年生当時の私は、たしかに、どちらかというとシャイで、友人と遊ぶよりも家で一人本を読んでいることの方が好きな少年でした。
そういう少年からすると、休み時間ごとに繰り返される級友たちのバカ騒ぎにつきあって、何の興味もないTV番組の話題などに話をあわせることは、相応に「疲れる」ことでした。特に集団行動を学ぶという名目の下に行われる各種の行事は、はっきり言って苦痛以外の何ものでもありませんでした。

 

こうして私はだんだんと学校生活に非常な「疲れ」を感じるようになっていきました。
そうすると、最初は二次的な問題であったはずの勉強にも「疲れ」が出るようになります。こんなことやってて、本当に意味があるのか、と思うようになっていきました。わざわざ学校で退屈な授業を受ける必要があるのか、とも。
級友たちのちょっとしたからかいの言葉にも敏感に反応するようになります。私は別にいじめられてはおりませんでしたが、中学生同士ですから、こぜりあいの一つや二つはあります。そんな場合でも、私は突発的な怒りを示したり、逆に深く傷つき、いつまでもウジウジとそのことばかり考えるようになったりしました。
そこには思春期特有の自意識の発達もあったでしょう。あるいは今ふうに言うなら、軽度のうつ状態だったのかもしれません。

こんな状態が続いた末、ついに私は学校に行けなくなったのです。
きっかけは椎間板ヘルニアに罹ったことです。といっても、今から考えれば、これは詐病、あるいは精神的ストレスを原因とするものだったのでしょう。なかなか中学生の罹る病気ではありません(とはいえ、現在に至るまで私が腰部と頸椎に痛みを感じやすいことは事実ですが)。
学校に行かないための言い訳だったとも言えるでしょう。朝や深夜、私は腰部に強い痛みのあることを訴え、ずるずると学校を休むということを繰り返しました。心配した両親は病院にも連れて行きましたが、もとが精神的な問題なのですから、治るはずもありません。

学校を休みがちになった私にとって、学校はますます居づらい場所となっていきました。最初は週の三分の一ほどを自宅で過ごすようになり、やがてはそれが週の半分となり、そしてついには一日も学校に行かなくなってしまったのです。

 

さて、やや長々と書きすぎました。続きは次回ということにいたしましょう。
次のブログでは、完全に登校拒否に陥ってしまった後の私の生活、そしてその後、私が学校とは全く関係のない外部の「人間関係」によって救われていった話などを紹介したいと思います。

By IMADA

焚火

2012年4月13日

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先日、松永先生とその生徒、S君と一緒に焚火に出かけました。
S君は14歳。自然環境に触れ合うことのやや少ない彼を案じて、松永さんが企画したのですが、私も日常の憂さを晴らそうと無理を言って参加させてもらいました。
V-netでは毎年、こうした焚火の会を催しておりますが、近年は参加希望者が殺到。参加生徒の面倒をみるだけで精一杯という状況が続いておりました。そこで最近は「火」に触れる必要のある生徒だけを連れだって、こっそりと行っておるのです。
焚火を心待ちにしている生徒諸君には申し訳ない。またちゃんとした焚火の会も開催する予定なので、もうちょっと待ってね。

さて、成田に到着したのが13時30分ごろ。
まずは夕刻に燃やす大規模な焚火の骨組みを作ります。なかなか壮観な図です。ちょっとしたアートのようにも見えるので、一応、記念撮影。

その後は遅い昼食代わりに、小さな焚火を囲んでトントロやチョリソーを「直火焼き」にて食しながらの、よもやま話。現今の教育についての話から政治経済、歴史の話まで。S君が年齢に似合わぬ古いアニメの話などをよく知っていて驚きました。
なんてことをしているうちに時間はすっかり夕刻。18時頃、日が沈むのを見計らって、いよいよ先程の骨組みに点火。ここからが本番です。
その炎の燃え立つ美しさ!

燃え盛る炎を見ている時の感情を、なかなか言葉で言い表すのは難しい。
夜の薄闇にゆらめくオレンジの光焔のコントラスト。
天に届かんばかりの火柱の勢いに、私の心も浄化されていきます。
火の勢いが弱まるまで、およそ20分間。その間、その場にいた全員が、ほぼ無言で炎の美しさに見惚れておりました。

昨今の住宅事情その他により、都市近郊ではなかなか焚火を行うことができません。
しかし、本来ならそんな都会の人間こそ、子供はもちろん、ストレスを抱えた大人たちも、ときにこうした原初のエネルギーに直に接してみる必要があることを、再確認した一日でした。

By IMADA

新作小説発表(カフェスロー作文道場)

2012年4月7日

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 V-net作文道場では最近、物語を創作することが定番となりつつありますが、今回は国分寺カフェスロー組の常連メンバー、新6年生のI君と、新中1年生の伝出家りんちゃんの作品を紹介します。
これらは二人がまだ小5、小6だった昨年度末に書かれたものです。結構な「大作」ですので、じっくりとお読みください。

それでは、まずは普段は元気なサッカー少年、I君の作品からどうぞ。
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「悪魔の椅子」

「もっと印象に残るアイデアはないのか」ある会社の社長、Y氏がこう言った。
「何かプレゼントを付けたらどうですか?」誰かがこう言った。「いや、そんなこと、他の所もやっている」Y氏が言った。
「じゃあ、悪魔の部屋というのを作ってみたらどうです?」ある少年、N氏が言った。「そこはパンドラの箱のように悪い物がいっぱいつまった所です」
「おお、それはいい。他の所はやっていないし、店の悪いところはそこだけというふうにすれば、宣伝にもなる。よし、それにしよう。それを作るのは、お前だ」
 その指の先には、N氏がいた。
 Nはさっそく材料を集めた。材料はすべて本物だ。昔、何人もの人が殺された処刑台。昔、戦争に使われた銃。などなど、いろいろな物を集めた。インテリアデザイナーに頼んで、変な模様を描いてもらった。「ずいぶん変な模様ですね~。ここは、どいうものになるんですか?」、「まあ、後になったらわかるよ」。それは、とてもいびつな模様だった。
 いろいろとやって一カ月と三日後、ようやく完成した。Yがそこに行くと、「おお、これはいいじゃないか」。みんなが中に入った。
 そこは暗く、ろうそくの光だけがある部屋の真ん中に、椅子が置いてあった。
 そして、その椅子を中心として、大中小の円が三つ描かれていた。「すわってみよう」とYが言ってすわった。・・・・・・すると、
「ウゥゥゥォワァ―――!」Yが首を押さえて苦しみの声をあげた。 
「だ、大丈夫ですか!」、「ウォ――!」、「だ、誰か、救急車をっ」
「ハハハッ、ウソだよウソ」、「おどろかさないで下さいよ―」
 結局、Yや社員は満足げな顔をして出て行った。Nもうれしそうだった。
 しかし、一人だけその部屋に残っている人がいた。社員の一人だ。
「どうしたんだい?」
「あなた達はいい。でも、私は特別なんだ。私がここを出たら、さっきの社長のようなことが私もふくめ、ここにいる全員に本当に起こってしまう。だからダメだっ」
「何を言ってんだ」と、他の社員が部屋から出そうと手をつかむ。「やめろ――ッ」、「大丈夫だって」、「やーめーろー」
 何とか引きずり出す。すると・・・・・・・。
「ウァ―――ッ!」さっきの社員がうなった。
「やめろ。ほら見ろ。この通り、みんな無事じゃないか」

 その夜、一週間後に悪魔の部屋が始まると決まり、うれしそうに帰って行ったN。寝ようとした、その時。
「誰か殺ってほしい人はいませんか」
 どこかで声がした。
「後ろですよ、後ろ」
 Nがふりむくと、そこには不気味な人間がいた。「あなたがにくんでいる、殺したい、と思うような人はいませんか?」
「誰だ、お前」
「悪魔ですよ。あなた、面白い部屋を作りましたね。私の部屋」
「ああ」
「しかも、材料も全て本物」
「ああ」
「私は、その材料に使った物の悪魔ですよ。たくさんの悪魔が集まり、大きな悪魔になった。それが私。つまり、私は悪魔だから、殺りたいやつを殺れるんです」
「ふーん」
「誰か、こいつムカツクーッとか、こいつウザーッなど、いませんか?正確じゃなくてもいですよ。あの時、電車でぶつかったやつ。あの時ぼうしをぬすんだやつ。少しの情報でも、私が調査して、殺しますよ」
「うーん」
「どうですか。殺したい奴、見つかりませんか?」
「うーむ・・・・・・」
 Nは思った。身の回りにイヤなやつなんかいない。ケイタイをぬすまれたことはあったけど、もう捨てようと思っていた物だったからな・・・・・・。
 人に信じてもらえなくてもいい。でも、そのことで、いつまでもあいつを殺ったのは面白かったなぁー、などと楽しめるやつがいい。
「どうやら、決まったようですね。」
「ああ」
「私は、この誰を殺すのかを聞くときが一番楽しい時間なんですよ」
「・・・・・・」
「早くっ、言ってください。誰なんです? さあ、早く」
長い沈黙の後、Nは言った。
「・・・・・・おまえ、・・・・・・死ね」

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いかがだったでしょうか?

次はカフェスロー作文道場の巨匠、伝出家りん先生の作品をどうぞ。
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 「花の名前」

 僕の住んでいる町の外れには花畑がある。
 あたり一面を同じ花がうめつくしているのだが、この町に住んでいる者は誰も、その花の名前を知らなかった。いや、知ろうともしなかった。そして僕も、花の名前を知らずに育った。だが、僕は町のみんなとはちがう。花の名前をつきとめようと決意したのだ。
「エール、気を付けるのよ」
 家を出るとき、お母さんはそう言った。たかが花畑に行くだけなのに。母さんは心配性だ。町外れの森の中の一本道をひたすら歩く。すぐに、あの花畑へ出た。花に囲まれ、一人の少女が座っていた。
「あのう・・・・・」
 声をかけると、少女がぱっとふり向いた。なかなかの美少女だが、町では見かけない顔だ。
「君は誰? ・・・・・僕はエール。町から来たんだ」
 気になって、少女にそう聞く。
「私・・・・・? 私の名前・・・・・?」
「うん。君の名前は?」
 もう一度聞く。
「好きなように呼んで」
 少女はまた向こうをむいてしまった。何か、名前を教えたくない理由でもあるのだろうか。呼び名がないのは不便なので、フラワーと呼ぶことにした。
「フラワー、でいい?」
「別に・・・・・」
 フラワーは、花の名前を知っているのだろうか。聞いてみたいのだが、どう聞けばいいか分からない。話すこともない。とりあえず、フラワーを観察することにした。長い栗色の髪の毛。白いワンピースを着ている。僕に背中を向けているため、顔は見えないが、さっきちらっと見た限りでは美少女だったと思う。もう一度こちらを向いてほしくて、僕は声をかけた。
「ねえ・・・・・」
「何?」
 フラワーがこちらをふり向いた。髪の毛がゆれる。はっきりと顔が見えた。大きな目に、長いまつげ。美人というよりは、かわいいというイメージだ。
「ねえ、何?」
 フラワーがもう一度聞いた。顔を見たかっただけ、と答えるわけにもいかない。
「フラワーは何才なの?」
 とりあえず、そう聞いてみる。
「・・・・・・」
 フラワーは黙ってしまった。やっぱり失礼だったか。
「いや、ごめん、やっぱりいいよ」
「そう」
 静けさにたえ切れなくなって、もう一度質問をする。
「どこに住んでるの?」
「・・・・・森」
 そういえば、森の中に一軒、家があったような気がする。
「家族は?」
「いない・・・・・」
 僕はびっくりした。そうすると、フラワーはこの森の中でずっと一人で暮らしているのだろうか。
「さみしくはないの・・・・・?」
 僕がそう聞くと、フラワーは黙ってしまった。僕は話題を変えようと、ついにあの花について聞いてみることにした。
「そういえばさあ、この花畑の花、全部同じ種類だね。この花ってどんな花なんだ? フラワーは知ってる?」
 フラワーがびくっと肩を震わせた。聞いてはいけなかっただろうか。
「どうして花の名前が知りたいの?」
「・・・・・どうしてって・・・・・」
 そうだ。僕はなぜ花の名前が知りたいのだろう。理由が見つからない。
「ただ、なんとなく・・・・・としか言えないんだけど・・・・・」
 フラワーが迷いを見せた。ただ、それは一瞬で、すぐに無表情に戻ってしまった。
「私は・・・・知らなくてもいいと思うわ」
 フラワーのあまりに冷たい表情に、返す言葉がなくなってしまった。
「うん・・・・ごめん」
 僕はゆっくりと町の方向へ足を向けた。でもやっぱり、もう一言いいたくて、フラワーの方をふり向く。
「あの・・・・・さみしかったら町に来なよ」
 フラワーがこっちをふり返って、ニッコリと笑った。花が咲いたような、満面の笑みだった。
 気が付くと、僕は町の広場のベンチに座っていた。花畑でのことは夢だったのだろうか。不思議と、花の名前を知りたいという気持ちはうすれていた。結局、花の名前は分からなかったが、それでもいいような気がしていた。

 エールがいなくなった花畑では、エールがフラワーと名付けた少女が一人で立っていた。
「命の花・・・・・」
 少女がぽつりとつぶやいた。
 この花が開くときに人は生まれ、この花が枯れたとき、人は死ぬ。少女は、それをずっと見守ってきたのだった。長い、長い間、ずっと一人で・・・・・。万が一にも、この花をつみとるものが出ないように。
 本当は、ずっとさみしかった。だから、エールが、
「町に来ていい」
 と言ってくれた時、とてもうれしかったのだ。
 もう、いいだろうか。こんなにも長い間、一人でいるのにたえてきたのだから。神様もきっと、ゆるしてくれるだろう。と、そこまで考えて、少女は首を横にふった。この花畑を守ることが少女の義務・・・・・。いや、罰なのかもしれないと、少女は最近思うのだ。もしそうならば、ここで投げ出すわけにはいかない。自分が犯したかもしれない罪をつぐなうまで、自分はずっと一人でいなければならない。そう、少女は思う。そして、いつか罪をつぐなったら、町へ行ける。一人の時間は終わる。少女は、ほほえんで、花畑に座った。
 いつか一人の時間が終わるまで。それまでこの花を、見守っていよう。命を、見守っていよう。少女は、そう決めた。

 次の日、僕は、もう一度花畑に行ってみることにした。フラワーのことがやはり気になっていたのだ。ところが・・・・・あの花畑に、フラワーの姿はなかった。フラワーは、やっぱり存在しなかったのだろうか? いや、フラワーは存在したと、僕は、そう信じている。少なくとも、僕の記憶の中には、フラワーはたしかに存在するのだ。

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いかがでしたでしょうか?
二作品とも、なかなかの力作かと思います。
今後の二氏の、さらなる「大作」に期待しましょう。

By IMADA

早稲田大学高等学院自己推薦入試対策(1)出願者調書(by Paul)

2012年3月29日

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 今回は,早稲田大学高等学院の自己推薦入試の出願時に必要な出願者調書(以下,早大学院,自己推,調書などと略記する)で必要な質問を概観する。

 ただし,本稿以下,早大学院自己推に関する私見は,2012年度までの自己推に基づいて作成していることに注意されたい。

 従って,出願条件等の詳細については,早大学院ホームページ等により,最新情報を必ず確認していただきたい。

 

 調書で求められる質問とは,次の9問である。

 

1.あなたは,中学校生活を通して,どのように人間的に成長したと思いますか。

2.あなたのものの見方や考え方に大きな影響をおよぼした事柄や体験の内容を記してください。

3.あなたの長所をあげ,それをどのように活かしていきたいかを記してください。

4.この1年間に起った社会的出来事のうち,特に関心を抱いた事柄とその理由を記してください。

5.これまでに積極的に取り組んだ学校行事,部活動,社会活動,創作活動などの体験を具体的に記してください。

6.中学校時代に学んだ教科のうち,特に関心を抱いた教科とその理由を記してください。

7.学校の教科以外で,特に関心を抱いて取り組んでいる学習があれば記してください。

8.最も興味深く読んだ本を順に2冊あげ,どういう点が興味深かったかを記してください。

9.高等学院入学後に取り組みたい事柄について記してください。

 

 問1 出願条件を満たしている早大学院自己推受験生のために,調書作成から合格までの具体的方法を策定せよ。

V-netパーティーの感想など

2012年3月28日

投稿者:vnetカテゴリー:

先週、V-netでは年度の終わりということで、ささやかながらパーティーを開催いたしました。教育相談や授業以外の場でクライアントと懇親を深めることを第一の目的としながらも、まあ年度の終わりくらい何も考えず皆で楽しい時間を過ごしましょうってな気持ちで、ここ二年ほど開催しております。
ともあれ足をお運び下さった生徒や保護者、関係者の皆々様に厚く御礼申し上げます。楽しんでいただけたなら、幸いです。

こうしたパーティーで、我々講師が一番楽しみにしていることが、昔懐かしい生徒に会えることです。昨年のパーティーでも、4、5年前くらいに面倒をみた生徒が、何人か参加してくれました。かつて小学生だったり中学生だったりした生徒が、既に高校生や大学生になっており、すっかり「大人」の男性女性になっていることにびっくりさせられました。月並みながら、年月の経つ速さには驚かされるばかりです。

今年もまた、いくつもの懐かしい顔に出会うことができました。大学院進学を考えはじめた大学生や、そろそろ大学入試が気になり始めた高校2年生。それぞれが現在の悩みを抱えながらも、楽しく元気に成長してくれていることに安堵いたしました。これら生徒たちの成長は、私たち講師の一番の喜びです。

教え子の成長を喜ぶことは、教師という職業の常なのかもしれません。ただ1対1の直接指導においては、その喜びもひとしおです。
一年間、場合によっては数年もの間、毎週決まった時間に個別の授業を行えば、そこに単純な教師と生徒といった枠組みを超えた「人間関係」が生まれるのは当然と言えます。ときに子供たちは勉強とは直接に関係ない悩みを打ち明け、学校生活の不満を訴え、あるいは将来に対する漠とした不安をもらします。我々講師もそれに耳を傾けるうちに、知らず知らず彼らの悩みに共感し、何とか助けになってやりたいと思うようになるものです。さしあたり勉強の面でしか力になれないとするならば、何とか彼らの志望に沿う進路に導いてあげたいと考えるものなのです。
そんな濃密な時間を共に過ごした生徒たちが、いつのまにかちゃんとした「大人」へと成長している姿を見ることほど、うれしいことはありません。それは「友人」の幸福を願う気持ちと同じなのだと言ったならば、いい過ぎでしょうか。

ともあれパーティーでは私たち講師も、実に楽しく有意義な時間を過ごすことができました。
次年度もできるだけ生徒一人ひとりの身に寄り添った授業を展開していければと考える次第です。

By未田